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東京地方裁判所 昭和45年(ワ)70219号 判決

原告 山中合徳精算会こと田川猛

右訴訟代理人弁護士 原田一英

同 秋田康博

被告 シンクロ・サウンド・サービス株式会社

右代表者代表取締役 渋木幹司

右訴訟代理人弁護士 井上忠己

主文

原被告間の当庁昭和四五年(手ワ)第三九四号約束手形金請求事件の手形判決を全部取り消す。

原告の本訴請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

一、当事者双方の求める裁判、事実上の陳述は、左記のとおり附加するほか、主文掲記の手形判決の事実摘示のとおりであるから、ここに右記載を引用する。

(原告訴訟代理人の主張)

仮に被告主張のごとく本件手形が盗取せられたものであり、従って交付行為がなかったとしても、被告は本件手形に署名することによって手形上の権利の外観に原因を与えたものであるから、同手形を訴外山中合徳から譲受け善意無過失でこれを取得した原告に対しては本件手形上の責任を免れない。

二、立証≪省略≫

理由

一、原告がその主張にかかる本件手形を所持していることは当事者間に争いがないところ、被告は、右手形(受取人欄、支払期日欄白地)は何人かに盗取されたもので、交付行為が欠けていたものである旨主張するので、この点につき検討するに、≪証拠省略≫によれば、被告の役員で経理担当者である訴外遠藤孝和は、被告代表者の指示により他から融通を受ける目的で本件手形二通の受取人欄及び支払期日欄を白地としたほかは、原告主張のごとき手形要件を記載し、被告の社名印及び代表者印を押捺して本件手形を作成したところ、これを整理のため一旦自宅に持ち帰り、翌日(昭和四四年六月二一日)出社する途中、本件手形を入れた鞄を国電の網棚に載せておいた際、何人かに右鞄ごと本件手形を盗取されてしまったことを認めることができ、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

二、原告は、訴外山中合徳より本件手形の外観を信頼しこれを善意で取得したものであるから、被告は原告に対し本件手形上の責に任ずべきである旨主張する。本来、約束手形の振出は手形に法定の要件を具備した記載がなされ、それが振出人の意思によって授受されることを要件とするが、盗難、遺失等によりその意に反して流通に置かれた場合には、手形作成者において当該手形が流通に置かれた点につき負責原因が存する限り手形上の責任が発生し、手形作成者は、善意無重大過失でこれを取得した第三者に対してその支払の責に任ずべきものと解するを相当とする。前記認定事実によれば、被告の役員で経理担当者たる訴外遠藤孝和が本件手形を盗取されたことについては、被告に負責原因があるものとみるのが相当であり、他方≪証拠省略≫によれば、原告(金融業者)は、プラスチック成型業を営んでいた訴外山中合徳に対し約四〇〇万円の貸金債権を有していたところ、昭和四四年六月二九日頃右訴外人(本件手形の第二裏書人)の妻が右債権の内入弁済のために持参してきた本件手形を受領したものであることを認めることができ、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

被告は、原告においては悪意または重大な過失があった旨主張するので、この点について検討するに、≪証拠省略≫を総合すれば、右訴外山中合徳は、昭和四四年一月末頃不渡手形を出して倒産し、原告は前記債権の回収のため強制執行をなしたが、もとより思うような実を挙げ得なかったこと、原告は、不渡手形を出したことに関連して右訴外人を詐欺罪で告訴していたこと、かかる事情のもとで、原告は、前記のごとく右訴外人の妻の持参した本件手形を漫然と受領したものであって、本件手形の入手経路や取得原因などにつき右訴外人本人に対して問い合せや調査をすることもしなかったこと、そして本件手形は、右訴外山中合徳が受取人東京理科工業株式会社(本件手形上右会社の住所は訴外山中合徳のそれと同一であるのみならず右訴外人において右会社の事業に関与していたものと窺える。)より裏書譲渡を受けたものであるが、右会社の本件手形入手経路が甚だあいまいなところから、右訴外人自身も本件手形が落ちるかどうかにつき確たる見とおしもついていなかったものと窺われ、右東京理科工業株式会社も本件手形が原告に譲渡された前後頃の同年六月末倒産したものであることを認めることができ(る。)≪証拠判断省略≫

右認定のごとき諸事情に鑑みれば、金融業者たる原告としては、本件手形を右訴外山中合徳から受領するに当り、右訴外人本人に対して本件手形の入手経路や取得原因等につき十分の調査をするのが当然であるというべきであり、またこれが調査により右認定のごとき事情は比較的たやすく判明したはずであることが窺えるから、原告において右調査を怠ったことは重大な過失があるものとみるのを相当とする。よって、被告の抗弁は理由がある。

以上のしだいで、被告は、原告に対し本件手形金を支払うべき義務がないので、原告の本訴請求は失当としてこれを棄却すべく、民訴法四五七条二項、八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 井口源一郎)

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